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by bp2004

3 嫉妬の嵐に巻き込まれた時

「嫉妬をどう乗り越えるか」というテーマで先日書いた。今日は逆の立場、つまり嫉妬される方の立場になった時、どう乗り越えるかについて考えてみたい。




実は逆の方について語るのはあまり自信がない。残念ながら、私はそう嫉妬された事もなく、それ故の攻撃に晒された事がない。人から羨まれるようなものがないのかと思うと淋しいけど、まあ、楽ではある。それで、妬まれて妬まれて、やっかまれてやっかまれて、お蔭で、風当たりが厳しくて嫌になっちゃうヨというような人生は、正直羨ましい位だ。同情されるより妬まれる方が良いかな、と思う気持ちもある。

ただ、本人にとっては、苦しい辛いものであるだろう。現に友人の中にも、根には嫉妬があるとしか思えない事で、ひどい目にあった人も居る。その人がどんなに苦しんだかも知っている。

色々な事で人は妬むものである。以前の記事にも書いたけど、嫉妬は人間の最も根源的感情である。嫉妬の種は尽きない。本人が思いもしない事で嫉妬されている場合もある。或いは、嫉妬されたって、自分がそれを獲得する為には血のにじむような努力をしたのに、結果ばかりを何の努力もしない人間に妬まれたあげく、攻撃の対象にされるなんてやり切れないと思う人も居るだろう。

嫉妬が素直な形で表われてくるような場合はまだ良い。嫉妬はしばしば正当な立ち場からの批判という形で表われる。口惜しくてたまらない。相手が上に居るのは耐えられない。引きずりおろしたい、というのが本音なのに、さすがにそうは言えない。それでもっともらしい正論をぶち上げる。お受験を例に取ってみよう。私はそれに全く関係していないので、比較的客観的に語れる立場に居ると思うので、、。

昨日までは自分もお受験組で、むきになって子供より一生懸命に、そのレースに参加していたのに、相手が受験に勝って、自分の子供が駄目だったような時に、その口惜しさを「良いわねぇ、口惜しい!うらやましい!」と明るく言えない親がいる。

そういう場合、手のひらを返したように批判する。親の見栄で子供を受験に駆り立て、追いやり、それで鼻高々になって呆れてしまうわ、みたいな事を言う。子供は伸び伸びと個性を尊重し育てるべきよね、なんて批判派に回ってしまうのである。自分の子が失敗したのは、子供を追いやる事に徹底しきれないで、子供を伸び伸びとあるがままに育てようとしたからであり、成功した親は非情に子供の気持ちを無視して追い立てる事が出来たからであるという事になる。酸っぱい葡萄である。

こういう類の人間は残念ながら多い。どうすれば良いのか。

相手にしない事である。淡々と笑ってやり過ごす事である。自分の立場を弁護しようとやっきになったり、批判し返したりしない事である。本音が嫉妬である時には、相手にしてもろくな事はない。そんなのを相手にしていると、自分も歪んで来てしまう。自分の立場を守る余りにそうなる。カリカリ来る。ストレスだらけになる。

でも、そうなってしまったら、根は嫉妬なのに正論の仮装を付けて攻撃してくるような人間の、正に思うつぼにはまってしまう。相手は自分と同じ苛々を何らかの形で持って欲しいからこその攻撃なのだから。柳に風と受け流す事である。そういう達観を身に付けないとならない。嫉妬に狂ってしまった可哀相な人なのだからそっとしておこうという気持ちが必要である。その批判を相手にしようとするのは馬鹿げているし、優しさにも欠ける。放っておくのが一番良い。

相手にしなければ、それはそれで更に腹を立ててくる事もあるだろう。それでも、とにかく相手の土俵に乗らない事が一番大事。そういう人達とは極力、遠ざかる事だ。前の記事でも書いたけど、近くの人間が輝くから嫉妬は起きる。かけ離れた人には嫉妬しないものだ。可能な限りの距離を作る事。相手にしないでいられる距離に自分を置く事。くれぐれも反論したり、相手にしたりしないで、じっと嵐の去るのを待つ事。それに尽きるような気がする。逃げるが勝ちの場面だと思う。

どんなもんだろうか。嫉妬されまくってエラい目にあった。こうやって乗り越えた、そういう時はこうすれば良いという経験からの良い知恵があったら、お借りしたいものである。どうもそういう経験がないので、推量でしか対処法を語れないのが淋しい。
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by bp2004 | 2005-03-13 12:56 | In my opinion