about・ぶんの前身ブログです。こちらが本店、あちらが支店のつもりです。(笑)


by bp2004

4 就職活動で頑張っている年若き友へー面接で勝つ!

就職活動で大事なものは、就職とは、会社の求めているものと自分の与えられるもの、会社が与えてくれるものと自分が求めているもの、それが合うか合わないか、という相性の問題と割り切る姿勢だと思う。




相手が自分を受け入れてくれなくても、それで自分の人格とか能力とか、そんなものに自信を失ってはいけない。自分の存在が否定されたなんて、間違っても思ってはいけない。そう思いそうになったら、気分転換してすっきりした所で、ただの相性の問題だと冷静に考え直した方が良い。

相性はある筈なのにうまく行かなかった時、それはその相性の良さを充分相手に伝えられなかったからだと考える事だ。そうすれば、どうやったら、それを相手にきちんと伝えられるかを熟考する。自分のセールス・ポイントを自分がきちんと掴んでいたか、それをきちんと相手に伝えられたか、その事に焦点を合わせる事だ。

自分の人格とか能力の問題と思うと、ますます自信を失う。いかにも自信なげなセールス・マンから車を買う人は居ない。私に任せておけば大丈夫という感じを持っていて、なおかつ、何も隠す事はないという堂々とした後ろめたさを感じない人からこそ、買いたい。

自分に自信を失うと、自分の弱い所を隠そうという意識が、何だか自信なげな、後ろめたい雰囲気を醸し出してしまう。欠陥車を売りつけるような胡散臭さが漂ってしまう。

完璧な人間なんて居ない。どこを見られても大丈夫という気持ちは、自分に欠点がない所から出てくるのではない。人間、まして成長途上の人間、欠点や足りないものがあるのは当り前。

自分以上のものに見せるつもりはありませんと胸を張る。そして同時に、今のままの自分で居るつもりもありませんという向上心をアピールすればよい。そういう熱意・覇気を見せる事が大事。

自分を等身大できっちり表現し、それを引き受ける姿勢、そこから、私の全てを見てくださいという、とてつもなく明るいエネルギーが出てくる。自分を等身大でもう一度見つめ直すことはすごく大事な事だ。等身大に表現する時、企業からは初めて生身の顔が見えてくる、本当に相性があるものならば、企業もそれを見損なったりもしない。

欠点を隠す人間より、それを素直に認められる謙虚さを持った人間を企業は欲しい。そういう柔らかさを持った人間が欲しい。自分に欠点なし、なんてのは扱いにくいだけだ。完全な人間なんて居ない。欠点がある事は恥ずかしいことでも何でもない。それを認められなかったり、隠したりする事が恥ずかしい。

面接官だってそうだ。欠点だらけの人間に決まっている。人間はみなそうなんだもの。その人達が新卒の頃なんて、もっともっとそうだったろう。自分がそうだったのだ。面接官だって完全な人間なんて求めていない。求めているのは等身大に自分をきちんと見つめて、それを引き受け、そこから明るく雄々しくポジティブに成長して行こうとする気概を持った若者の筈。

大体、面接官位の年になったら、話がうますぎるのは却ってうさん臭く思うだろう。「何も隠す事はありません。ありのままの私を見て下さい!」と胸を張って、にこにこと明るく、分からない事、答えられない事を聞かれたら、一瞬のひるみも見せない事。誠意を持って回答しようとする事は大事だけど、取り繕ったり、痛い所をつかれたみたいな顔をするのが一番いけない。自分以上に見せようとするのが一番いけない。

向こうはいやしくも社会の前線でやって来た人間。付け焼き刃はすぐに見抜く。見たいのはそういうものではない。「分かりませんけど、仕事に必要なら、これから猛勉強します」と大声で言えばよい。その率直さ、素直さを彼等は本当は求めているのだと思う。自分以上に見せようとさえしなければ、怖い事は何もない。知ったかぶりをする人間、知識をひけらかす人間、弱みを隠そうとする人間、そういうのが一番欲しくない人間だろう。真っすぐに目を見て、その目がきらきらしている、それだけで良い位だ。それさえあれば、後は企業が育てられる。日本のシステムはそうなっている。

「このままの自分をあなたがたは採ってくれますか。こんなに素直で前向きで明るい、何がなくても元気な自分を採らないなんて、こんな成長株を採らないなんて損ですよ!」と思っていれば良い。そう自分が思い込めば、相手もこいつを採っておかないと後で後悔するかも、駄目でもともと、とにかく押さえて置こう、なんて思ってくれるものだ。

それでもうまく行かない時は、そもそも相性の判断が間違っているのかもしれない。もう一度、自分が与えられるもの、求めているものを再検証してみよう。自分に何が出来るか、何をしたいか見つめ直してみよう。

とにかく、何度でも言うけど、一瞬でも、自分の人格、能力の無さなどを思い煩う事に時間を費やすのは時間の無駄、害ばかり。そんな事はこれからの問題だと割り切ってしまえば良い。これから成長するのだと思ってしまえばよい。今の段階で不完全なのは当り前。人間なんだから足りない所があって当りまえ。必要なのは、相性であり、それを生かす心意気がある若者を企業は求めているのだから。

追記:これを証明する一つのエピソードをテレビで見たのを思い出した。ある人がまるで高嶺と思っていた企業を冷やかし半分に受けに行った。全然見込みもない成績だったし、いわゆる一流大学出身でもない。倍率は恐ろしく高い。それで、全く見込みもないと思っていたので、気楽にリラックスして、全て率直に言いたいことを堂々と言って来た。その企業の問題だと思っている点なども。

そして圧倒的な倍率を尻目に、彼は採用された。彼のような人間ならば、その企業を変えて行ける力があると見込まれたのだ。いつも成功する方法とは限らないだろうけど、まっ正面から堂々と掛け値なしに向き合う態度を取れる若者というのは、当の若者には及びもつかない新鮮で強烈な魅力として、企業の中に組み込まれてしまった人間には映る筈だ。

余談になるけど、恋愛だってそうだと思う。うまく行かなかった時、反省するべきは反省すれば良いけど、自分の人間としての魅力とか異性としての魅力が足りないなんて落ち込まない方が良い。

どうみたって、中味も外見もずっと上の人が、どこが?というような人に振られた例だって、掃いて捨てる程、見て来ている。そもそもアンタにはもったいないよという様な人を振って、実につまらない、どこがっ?て言うような方に乗り換えたという例も嫌という程、見ている。

自分を他人の評価で評価するのは時間の無駄。有害。
相性の問題を過小評価しない方が良い。われ鍋にとじ蓋というのも結構深い真実を衝いている。相手に自分が良すぎたという事だってあるのだ。恋愛にしても、企業にしても。この程度で駄目だったから、もっとレベルを落として、とか、もう何でも良いから、なんて思ってうまく行くとは限らない。

他人が自分を受け入れなくても、そんな事は気にせず、Aim high! この自分を受け入れられないのは、自分の素晴しさを分からないつまらないヤツと思っていた方が、その後の人生はよっぽど、うまく行く。これに関しては「酸っぱい葡萄」という考え方も捨てたものじゃない。長く生きるとそういう事が分かる。年取るのもそう悪いことばかりじゃない。食べられなかったあなたが悪いのじゃない。その葡萄は酸っぱかったのだ。
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by bp2004 | 2005-04-11 10:19 | In my opinion