about・ぶんの前身ブログです。こちらが本店、あちらが支店のつもりです。(笑)


by bp2004

2 岸恵子さん

彼女がスタジオ・パークに出た。相変わらず、颯爽と、背筋がしゃんとして、飛び切り優雅で綺麗。フランスの映画監督と結婚、離婚はしたけど、日本とフランスを行ったり来たり、女優としても、トップクラス、かっこよすぎて、普通の人のように考えたり感じたりする感じがしない別の世界の人。



彼女の『三十年物語』を読むまでは、私の彼女に対するイメージはそんなものだった。そのエッセイを読んでガラリと変わった。その生き方のきっぷのよさ、潔さ、凛とした美しさ、確固とした主張の数々、歯に衣着せぬもの言い。こんな人だったのかと驚くと共に、すごく共感を持った。母親との葛藤を本音で語る姿勢にも惹かれた。

その本の中に書いてあった事。年老いた母の為に同居する暮らしを選ぶが、葛藤が絶えない。大きい犠牲を払って始めた暮らしなのに、母親には、「あんたがフランスに帰るとほっとする。もう来なくていい」みたいな事まで言われる。それに対して、「それでも良いのだ。喧嘩しながらでも、一緒に居る事が愛なのだ。」と彼女が言い切った。

その頃、私自身もアメリカの家を放置して、親の介護をしていた時期だったが、似たような事を言われる事もあり、悶々とする事もあった。その言葉を見て、すごく救われて、呪文のように何かある度に繰り返し、アメリカに飛んで帰りたい自分と闘った。

今度、又、エッセイの本を出したという。テーマは、母と娘。この関係は、愛情が強すぎて色々の問題が出てくる。でも、だからこその絆もある。母親が亡くなったので、改めて、それを中心にした本を書いたと言っていた。綺麗事ではないのに、爽やかな後味が残る、あの凛とした語り口にまた触れられるのが楽しみだ。

彼女の生き方は、背中に一本ぴんと筋が通っている感じで、いつも外見の美しさと相まって、眩しい思いに駆られる。「人間は大好きだけど、孤独の時間も大好きだ。神様は孤独で居る事に耐えられる強さを持った人間だけが享受できる、孤独である事の幸せという、贅沢で素敵なものを用意してくれたと思う。」と言った。私には一生知る事の出来ない贅沢のような気がして、羨望に駆られた。

『三十年物語』の中でも触れていたが、横浜の大空襲の時に、大人達が入れという防空濠に、こんな所で死にたくない、明るい所で死にたいと、手を振り切って逃げ、丘の松の木に登って、大空襲を見届けたのだと言う。

アメリカ軍の攻撃が終って、その防空濠に行ったら、つぶれて全員死んでいたという。その日から、どんな権威を持った人間でも、人の言うことは聞かない。自分で全てを判断して生きるのだと決意したそうだ。彼女の自立心は、だから半端じゃない。

フランスの「五月革命」のただ中での経験、直後の「プラハの春」での体験。全く反対の体制の中で起きている、それぞれの反体制の運動。そういうのを通して、社会、世界への関心を持つようになったという社会的意識を持った女優。ただの綺麗なお人形ではない。色々な体験、活動の数々。とても一回の番組では収まりきれないスケールも感じた。話す事が、本当に自分の血と肉から出ていて、借り物が一切無い感じもかっこいいと思った。

日本の良さも認めながら、嫌な所もたくさんあると、はっきり言う。皆に付いていく事、皆の中に居る事に汲汲としている所が嫌だと言っていた。真に自立して孤独を楽しめる彼女らしい。彼女が言うと、手厳しい言葉も爽やかに聞こえる。

とても国際的な女性でありながら、芯の通った明治の女も感じさせる。フランス語に堪能でありながら、きりりとした美しい日本語を話す。どの角度で切り取っても、かっこいい。「かっこいい」という言葉がそのまま女性に生まれ変わったような羨ましい人だ。
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by bp2004 | 2005-04-23 06:43 | 賛辞のあなた