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by bp2004

哀しい「アラン・ドロン」

一世を風靡し、アラン・ドロンと言えば、美男子の代名詞のようだった。キムタク、ヨン様、トム・クルーズ全てを合わせても、足元にも及ばない存在だったと思う。20年位はそんな感じだったと思う。誰をも寄せつけない、圧倒的な美男ぶりだった。最近の世代は知らないかもしれないけど。




「アラン・ドロンのよう」と言えば、もう超最大級の褒め言葉。どんなにハンサムでも、ちょっと日本人には使えないような感じでさえあった。「そんなの居ないよ。」という感じで、、、。

その「アラン・ドロンのような」ハンサムが居た!20代の頃だ。顔は日本人としてはこれ以上近づけないという位アラン・ドロンに近い。背も高く、すらりとして、声もよい。礼儀正しくて、嫌な所はない。誰もが認めるハンサムだった。あのハンサムくん、今日は居るの?という感じで、彼の代名詞のようになっていた位だ。

ロケなどで俳優なども見かけた事もある。空港でアメリカの有名な二枚目映画スターも見た事がある。(駆け寄ってサインをもらったミーハーでもある。)素材として、そんなに負けていたとは思えない。

そんな人だから、私のめん食い+ミーハーぶりを知る人達は、ここまで書いただけで、私がめろめろだったに違いないと思うだろう。それが!それが!である。全然何とも思わなかった。まあ、高嶺の花という部分もあったのだろうけど、それにしても、全く冷静に「アラン・ドロンみたいね。確かに。顔が良い割に性格が悪いというのでもないし、まあ、完璧に近いかも、確かに、うんうん。それはね。」と思っていた。私の回りの面食い連も冷静だった気がする。

どうしてだろうか?その答は、彼が何だかえらく場違いだったからではないかと思う。普通の所に居るのには、彼はかっこ良過ぎた。映画のスクリーンの上とか、白衣を着た外科医とか、制服をばっちり決めたパイロットとか、そんなものが似合いそうで、普通の平凡なサラリーマンであるのが、全然似合っていなかった。

それで、何だか落ちぶれたスターのような、何だか気の毒な感じがした。別に外見が良いからと言って、平凡なサラリーマンになってはいけない理由は一つもない。こちらの勝手な言い分であるのは百も承知なのだが、そんな場に居るのに、悲哀を感じてしまうのである。

人は自分の福分を超えて幸せを求めてはいけないとか、足るを知れとかいう。自分に与えられたものに感謝の念を忘れずに、貪欲にならないようにという戒めはよく聞く。

しかし、彼をみていて思ったのは、あまり謙虚に満足するのも良くないのじゃないか。足りないのを知るのも大事じゃないかという事だ。本人にとっては、大満足の人生なのかもしれないし、回りが決める事じゃないけど、どうしてもそういう感じがしてしまう。今の彼は彼に似合う場に居るのだろうか。
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by bp2004 | 2005-03-04 06:17 | 待夢(time)すりっぷ