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about・ぶんの前身ブログです。こちらが本店、あちらが支店のつもりです。(笑)


by bp2004

2 支店開設

突然ですが、このブログの容量が限界に近づきつつあります。有料に切り替えれば、皆様にはご不便をお掛けしないで済むので、少々迷いましたが、以前書いたように、ブログ第二期 に入ったという実感があります。

それで、一度だけ、支店を開設という形で新たに「ぶんな毎日 2」を併設しました。一般的に言えば、引っ越しというのかと思いますが、こちらも引き続き現役の場として存続させて行くつもりで、続きを支店の方でやって行きたいと思っています。そこの容量が一杯になったら、有料に切り替えて、もう支店は作らないつもりですので、一度だけ、わがままをお許し下さい。

あくまでも、ここが原点という部分で愛着もあり、大事にして行きたいので、こういう形にさせて頂きます。そんな訳で、リンク先を訪問する際にも、こちらに戻りますし、つたないブログですが、光栄な事に、過去の記事を読んでコメント下さる方もおられるので、こちらも現役の場として存続させて行くつもりです。

ちょうど月の変わり目なので、6月以降の記事は支店の方に載せて行きます。

第一期からお付き合いを始めて頂いたリンク先の方々は、それを形として残したい気持ちがあるので、こちらからは、支店にリンクを貼らずに本店「ぶんな毎日」に残しますが、支店「ぶんな毎日 2」にもリンクを貼って欲しいというようなご希望があれば、それはそれで光栄な事なので、ご遠慮なくご連絡下さい。

第二期以降にお付き合いが始まったリンク先は、支店の「ぶんな毎日 2」で貼るつもりです。第一期におつきあいが始まったリンク先に関しては、支店に貼っても、本店「ぶんな毎日」にも残すつもりでいます。

今まで同様、支店「ぶんな毎日 2」にもご訪問頂いて、足跡残して頂けましたら、嬉しい限りです。よろしくお願いいたします。
# by bp2004 | 2005-05-31 05:34 | お目を拝借

余生一年

一年前、私は死にかかった。死んでいたら、今頃没後一年。本当は死んでいるのかも?と思う時もある。何しろ、色々の事があやふや、、。夢かうつつか?

それはともかく、何故こんなに異常な位に健康な人間が、死にかかったかというと、自宅のガレージのドアに挟まれたのである。

最近のガレージ・ドアは、するすると巻上がって行くし、センサーもある。だから、まあ安全。うちのも今はそうなのだけど、以前のは大きい一枚の板がばったんと上がったり、下がったりする旧式の分だった。ちょうどそれを新しいのに変える事になっていた直前、たまたま、ガレージから、外に何かの用事でふと出ようと思った。

普段は開けてから出るので危険はない。だけど、その時は閉まり出しているのに、急に思いついた。まだ出られると思って、閉まり始めたのに、くぐって出ようとした。閉まり始めだったから、体の方は何とか出られたのだけど、服の後ろを引っかけられて、しまったと思った時は、既に遅し。ぐいぐいと下に引き倒された。

地面に着くまでは、これで一巻の終りかと思った。すごい力。もうすぐで新しいドアに変わる所だったのに、お気の毒に、、とか、せっかちだったあの人らしい死に方、、なんて葬式で言われるのかとも、ちらりと頭をよぎった。

何とか窒息は免れたけど、首の後ろの服の部分が閉まったドアに押さえられて、地面でばたばたしても出られない。こんな醜態とても人に見せられない。それで、醜態と言えば、どっちが醜態か分からないけど、究極の選択で、人通りは少ないので、上のシャツをそこで脱ぎ捨てて上半身ブラだけで、家に飛び込んだ。

脱げずにそのまま居たら、脱水症状を起こして死んでいたかもしれない。古いガレージドアの、そういう事故で亡くなる子供は、結構居るのだと後から聞いた。あの力では無理もない。小さい子供さんのお宅は呉々も気をつけてくださいね。

死亡原因のトップグループに、こういう家庭内の事故が入るそうだ。目下、私は無事に余生を暮らしている。でも、この不健康なまでに健康な体からするに、やはり死ぬ時は、こういうドジな事故だろうと確信もしている。畳の上では死ねないタイプ、、、というか、畳の上で溺れるタイプ? どうぞ、皆様も、お気をつけください。明日はわが身になりませんように。
# by bp2004 | 2005-05-31 01:13 | 能天気

4 誇り

迷った時に、苦しくても自分の信じる方を選択する。でも、結果が付いて来ないことがある。

大分、時間が経って忘れた頃に、ふと気付くと、ああ、結果はいつのまにか出ていたと思う時もあるけど、そういうのは良い方。

結局、結果は全く付いてこないままで、一生終るんだろうなぁという時も珍しくない。

苦しくても信じる方を選んだという、その誇り以外には何も残らないという事も珍しくない。

でも、そうガッカリしたもんでもないと思うよ。誇りだけしか全然残らない人生だったとしてもね。だって、誇りは、目に見える結果よりずっと大きく力を持ったものだもの。

そういう誇りを持てる人生って素敵だと思うよ。
# by bp2004 | 2005-05-30 23:50 | 友との時間

3 おいしそうっ!

ラオスの屋台料理

日本だと屋台料理ってちょっと入りにくい雰囲気もありますよね。最近はそうでもないのかな?

私、東南アジアの屋台料理の写真を見る度に、よだれが出そうになります。ラオスにもこんなおいしい屋台料理の場所があるんですね!こういう所、好き!行ってみたい!
# by bp2004 | 2005-05-30 14:46 | お目を拝借

2 核家族考

私は核家族という言葉が新語として登場した世代である。かっこいい感じを覚えた。もう死語らしいけど、ナウいって感じだった。アメリカは皆そうなのだと聞いた。

こちらに来てみると、確かにメーンはそうだけど、そうとも限らない。それに核家族と言っても、ちょっと日本とは違うなと思った。日本の場合は核家族というと、その家族だけ、その単位だけの感じがする。他から切り離された独自の単位。

田舎の方に行けば、まだ核家族すら一般的でないのかもしれない。東京で生まれて育った人間の感覚で言っているのだけど、極端に言うと、日本の核家族というのは、自分達の殻を作ってこもっている単位のような感じがする。私だけの感じかも知れないけど。

こちらに来て感じるのは、核家族というのは、あくまで核である。それを中心として、広がりを持つ。核はむき出しで孤立した存在ではない。核を中心として親戚があり、友人があり、コミュニティがある。そうしてそういう核を中心として集まる。公園でのバーベキュー・パーティ、家庭でのパーティと頻繁に交流がある。

日本よりはるかに大きい国で、ちょっと会うのも飛行機、あるいは車で途中何泊もしてというような事も珍しくない。勿論、近場にたくさん親戚が居るというのも珍しくないけど、一般論で言えば会おうと思うと、日本より遥かに大変な感じがする。

それでも、日本の親戚より、はるかに頻繁に集まっている感じを受ける。親戚、友人を含めたパーティも頻繁にある。そして、すごく集まりにくく散らばっている遠い親戚にも呼びかけた2、3年おきのリユニオンもよく聞く。そういう時は親戚だけで軽く4、50人集まる。100人近いのもある。場所は皆と相談の上、皆に取って一番集まりやすい観光地でのホテル、モーテル、キャンプ場と色々だ。

会える頻度によって1泊から、滅多に全員集まれないと1週間位という大々的なのもあり、色々あるけど、何世代もが集まって、色々な遊びをしたり、一緒に観光したり、食事したり、ちょっとした同窓会の楽しさだ。それぞれの核家族が順番に当番で企画を決めているという。

アメリカの核家族は孤立した単位ではない。中心にして集まる為の核である。核になるという事はそういう事ではなかったろうか?中心の点だけなら、核ではない。ただの点家族だ。日本に核家族という概念が導入された時、何か大事なものを忘れて導入してしまったのではないか、という気がしてならない。
# by bp2004 | 2005-05-30 04:45 | In my opinion