about・ぶんの前身ブログです。こちらが本店、あちらが支店のつもりです。(笑)


by bp2004

2 祈りの力

超自然の話を書いたついでに、もう一つ超自然の力の話。こちらはかなり昔から信じている。

祈りは力を持つ。心を無にして祈る。ひたすら祈る、それは祈る人の全身に力をみなぎらせる。祈りには力がある。そういう個人的なレベルでの祈りの力も信じているが、もう一つの祈りの力も信じている。

それは大分前になるのだけど、石原裕次郎が初めて倒れて入院して大騒ぎになった事がある。日本中の人が心配し、たくさんの花束、激励が寄せられ、日本中が回復を祈っているような感じの時に、誰かがテレビかラジオで言っていた。

祈りには力がある。どれだけ沢山の人が、その人の為に祈るか、それは祈りの力になって、超自然の大きい力が祈りを実現させるのだと。だから今こうして日本中の人が祈っているのは、大きい力になって裕次郎は助かるだろうと。

その通り、その時、彼は助かった。その人は、だから日頃というものが大事なのだ。どれほどの人が真剣に自分の為に祈ってくれるかという事が、とも言った。祈ってくれる人が少ないと助からない、多ければ多い程、それが力になるのだと。

霊感と違ってそちらはストンと心に落ちた。どれだけの人がその人の為に祈るか、そういう人生を歩めるか、それは大事なのだということが。

夜中に突然起きて、こんな超自然のテーマで二つも書いている。これもきっとそういうものが私に書かせているのだろう。書いたので、あとはもう一度ゆっくり寝させてくれることだろう。
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# by bp2004 | 2005-05-29 20:22 | 暇の果実

霊感

霊感が強いという人が居る。霊が見えるとか聞こえるとか。

私自身はそういうのは全く無い。ここ5年位前までは、霊を見たとか聞いたとかいうのは、テレビとか雑誌での話だった。自分では全く見たこともないものだから、それを信じる気にはなれなかった。

それが、5年位前からだろうか。おつきあいもあり、人間もごくまともで、嘘とか大げさなことを言わない、誠実な人達の何人もから、霊感が強く見えるのだという話を聞いた。私などがそんなものを見たら、気が狂ってしまう気がするけど、そういう人達は淡々としている。事実を事実として受け入れているという感じ。

ごく最近もそんな話を聞いた。とびきりに素敵な母子。嫌味やけれん味のまったくない楽しくて素敵な母子。その二人とも見るという。おばあさまが一番霊感は強いけど、その血だろうという。

今住んでいる家で時々見るのだという。二人で一緒に絵を描いて確認しあったとかいうのでないのに、見たという人の像がぴったり同じ。すごく綺麗で、白人。背も高く、やせている。透明なのだという。髪の色はと聞いたら、透明だから分からないけど、色は薄い感じ。金髪よね?と二人で確認しあっている。前はよく見たけど、最近は見ないから、他に移ったんでしょうね、という。

一番最初に聞いたのは、やはりすごく誠実そのもので評判の人だった。日本でお墓参りに行った時、白く透明なたくさんの霊が出てきて、有名なアニメのシーンみたいにたくさん回りに、にこにこと居たのだという。皆がよく来た、よく来たと喜んでいるのが伝わって来たという。それを見た後に、そのアニメのシーンを見て、全く同じだったので、このシーンを作った人も同じものを見たのだと思ったと言う。その人は、実に穏和で人の好い人だったので、霊達がお墓参りに来たのを喜ぶ気持ちは分かる気がしたものだ。

その後は、ごく親しい家族ぐるみの付き合いをしている人達で、こちらに住んでいた時、やっぱり家に住んでいるのを見たという。ご主人以外は皆見ている。悪い人達じゃないの、と淡々としていた。

その家族の一人から最近も聞いた。日本に戻って、よくひーおばあさんの声を聞くという。喉が乾いたというので、となりの祖父母の家の仏壇に行ったら、お水が無くなっていたとか、そういう話。

どの人も人柄を良く知っている。たちの悪い冗談とか、大げさな事を言う人ではないし、嘘のない人達。飛び切り健康な感性を持っている人達。とても信頼している素敵な人達。

今まで信じたくない一心もあり、自分に見られないこともあり、信じまいとしてきたけど、ついに負けた、、。信じない訳に行かない、、。見られないけど、確かに霊はあるらしい。見られないけど、父の霊もそばにうろうろしているのだろう。

最近の母子の娘さんの方は、自分の友達はもっとすごくて、何処に行っても見える。自分の後ろにはオレンジの光りが見えて、とても綺麗な人が守護精だと言われたという。彼女には本当にそんな明るいオーラがある。そんな感じだ。

この年になってついに信じることにした。霊は存在するのだ!

今まで信じていなかったものを信じる。どうやって、これから生きていけば良いのだろう。途方に暮れる、、、霊の皆様、信じますから、どうか私の前には現われないで下さい。見たら、とても正気では居られない、、。既に半分正気ではないと言われている私だけど。
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# by bp2004 | 2005-05-29 20:09 | 知らなかった、、、

お別れゴルフ

今日はこれからあるご夫妻と一緒にゴルフに行きます。

奥様の方は独身の頃からゴルフをされていたゴルフ歴ン十年。とても美しいフォームで距離を出します。ご主人は初めは奥様に指導されてのようですが、今は、奥様にコーチされる位の腕前です。

ひと言で言えば、一緒にゴルフを出来るような方達ではないのです。私はいつもスコア、数え切れないし、オットットは100を切ったら、お祝いするようなレベルなので、、。それでもいつも足を引っぱり回り、あちらのペースをかき乱しまくる私達に、ひとつも嫌な顔をされず、にこにこと温かくご一緒して頂きました。

そうやってお誘い頂いて、何度かご一緒に回り、その後夕食をご一緒する機会がありました。奥様は美しいフォームがお似合いの素敵な美人なのですが、気取ったところが全くなく、ユーモアたっぷりの方で、同じくユーモアたっぷり優しくて博識なご主人との掛け合いなども愉快で楽しく、コースでは勿論ですが、夕食のひとときも、いつもとても楽しく過ごさせて頂きました。

その方達が来月、日本に戻られるのです。今年初めてご一緒するゴルフなのですが、最後のゴルフです。

アメリカに住んでいると楽しいこともたくさんありますが、こうやって、素敵な方々とお別れしなければならないことが余りに多く、年を重ねる事に、その淋しさも大きくなる気がします。いつもいつも頻繁にお会いしている訳ではなくても、同じ空気を吸っているかいないかの違いは大きく感じます。この同じ空の下におられると思うだけでも、どことなく心強く温かい。遠くの空の下に行ってしまわれるのは淋しいものです。

でも、こうやって同じ空の下で暮らしながらのゴルフは最後ですから、思いきり楽しい時間を過ごして来たいと思っています。楽しくて淋しい一日になりそうです。

報告を兼ねて
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# by bp2004 | 2005-05-28 22:33 | 友との時間
今、犬養孝という方の『万葉の人びと』(新潮文庫)を読んでいます。

日本人なんだから、万葉集位、もう少し知らなければと読み始めました。読みやすくて、万葉の時代のひとびとが、すごく生き生きと身近に感じられます。お勧めの本です。犬養さんは、大阪大学で学生に教えておられた時、学生達を全国の万葉集ゆかりの土地に連れて行って話をされたそうで、そこで話された万葉集の時代の人々の詩心に感激して、出席も取らないのにたくさんの学生が、いつも次回を待ちかねて参加して来たそうです。それを基にして書かれた本のようです。

まだ読み初めですが、その第三回のお話「霊魂」の中のお話に感動したので、その部分をご紹介したいと思います。ここで犬養さんは、物は、人が触れる事によって、人の魂が移るのだと言ってます。だから、形見の品というのも、その人が触ったという事によって、ただの品物を超えた魂の移ったものになる、そのように万葉の人々は感じてきたし、それは、現代の私達にも根付いているのだと言われます。その一つの例として挙げられたのがこのお話でした。

みなさんも見てらっしゃると思うんですが、NHKで、いつだったか「こんにちは奥さん」という時間だったと思うんですが、もう大分前ですがね、こういうのを見ました。八十をすぎたおじいさんとおばあさんが、初めて二人揃って旅行をした。そういう人たちを何組かスタジオに連れて来て感想を聞くんですね。

 さて、「どこへ行ったんですか」と聞いたら、「鹿児島へ行った」と言う。戦争中、自分の長男が鹿児島から飛行機で飛び発ったきり帰らないで戦死ということになっている。そこで、一度夫婦そろって息子が飛び発った所を訪ねてみたいと思っていた。

 さて、現地に行ったら、雨が降っていたんです。そうしたら、自動車の運転手が、「おじいちゃん達、そういうことなら、いとわないからどこまででも行ってさがしてあげる」と言ってくれた。行ってみたらそこに飛行場なんかありゃしない。記念塔のようなものが立っていて、砂利が敷いてあった。

おじいちゃんはその石が欲しかった。もしかしたら息子が最後に踏んだ石であるかも知れない。けれど公共のものだから、いただくわけにもいかないと思っていたら、運転手が、「ひとつ、坊ちゃんが踏んだかもわかりませんからお持ちになったら」と言う。「ああそう言ってくれるか、それじゃいただいていくか」というわけで、その石を持ってきた。

「じゃ、ここにお持ちですか」ってアナウンサーが言ったら、おばあちゃんが、もう涙を出して、そして震える手で、ハンカチの中から石を出すんです。布きれの中からね。私は何の気なしに朝のご飯を食べながら、横目でテレビを見ていました。そうしたら、涙がワァーッと出てきました。

だって、おじいさんとおばあさんにとっては、ただの石ころがもう、息子そのものになっているんです。そうしたらどうでしょう。アナウンサーの方も鼻声になっていたし、それから集まっているご婦人達もみんな泣いています。あの瞬間、日本中を泣かしたんじゃないでしょうか。何でもない小石一つが。

それは、本当は、関係のない何でもない石かも知れない。その石が日本中の人を泣かせるというのは何でしょう。人間の心というものでしょう。心の厚みですね。石は石ですよ、平凡な。その石を、そういう風に考えるというところに、人間の心の厚み、人間に対する頼もしさというものを感じます。だから、「信濃なる 千曲の川の 細石も 君し踏みてば 玉と拾わむ」なんていうのは、全く人間の頼もしさを身近に感じさせる歌だと思うのです。

万葉は、千三百年も前で古いけれども、一番古くて、一番新しいということを前に申しました。本当に古くて新しい心、それが万葉の心ですね。

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# by bp2004 | 2005-05-27 08:13 | 暇の果実

2 fighter

意味は文字どおり、闘う人だけど、これは、褒め言葉でよく聞く。困難に遭った時に、へこたれず、くじけず、立ち上がって、前向きに闘う姿勢を持った人の事をいう。

癌に罹った友人。かなり進行した珍しい癌で、抗癌剤も、レントゲン照射も有効でないと聞かされた。その時、回りの友人は、"She is a fighter. She can make it."と言った。病院に見舞に行って、私も言うべき言葉も他に思い浮かばず、"I know you are always a fighter. I know you can make it. "と言った。彼女は、私をしっかり見て、"Yes, I am. I will make it. Don't worry."と言った。(この場合のmake it.は切り抜けられるというような意味)

今、彼女は、すっかり元気になって、テニスに園芸に、仕事にと活躍している。

アメリカ人はfighter が好きだ。fighting spiritsが好きである。めそめそ悲嘆にくれていても相手にしてくれないけど、fighter の回りには支援の輪がすぐ広がる。気が強くて閉口する時もあるが、(その彼女も)でも、私もfighterが好きだ。自分がいざとなったらなれるかどうかの自信はないけど、そうでありたいといつも願っている。そしてfighterを応援して行きたいと思っている。
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# by bp2004 | 2005-05-27 05:29 | こんな英語表現

死語

先日、アメリカのテレビで、アメリカは世界一、新語の多く作られている国だと言っていた。一日、何十万(正確である自信はないです。とにかく膨大)と言っていたと思う。とにかく、半端な数ではなかった。人種のるつぼだから、色々な国の言語から新しい言葉が生まれているのだという。辞書に載っている言葉だって、その何百分の1位しか覚えていないと言うのに、カンベンしてよ、と思わず言ってしまった。

昨日、テレビジャパンのドラマで浅野ゆう子が、何かを言って、「そんな言葉は死語よ。」と言われていた。それで、彼女が「私の使っている言葉がどんどん死語になって行くのはどういう事?」みたいな事を言っていた。

最近というか、数年前から急に私も、そんなの死語と言われるようになった。「え?いつの間に?私に断わりもなく?!」という感じで、初めての時は驚いたけど、最近は、そう驚きもせず、又かと思っていたけど、彼女のその台詞を聞いて改めて思った。

人間というのは、皆、死に向かって歩んで行くものだけど、先ず、使っている言葉から死んで行くものなのかもしれないな、、と。年取るという事はそういう事なんだなぁと。綺麗な、心を打つ日本語が死語になるのは辛いものがあるけど。避けられない道なのかもしれない。
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# by bp2004 | 2005-05-27 05:17 | 日々是口実

4  妻の鑑の女傑

もう30年近く前になるのかもしれない。テレビに、ある有名な会社の社長が出てきてインタビューを受けていた。有名だったのは覚えているけど、もうその会社の名前も覚えていない。

そのインタビューの中で、事業の成功の秘訣みたいな事を聞かれていた。その人は、色々あるけど、何といっても一番は妻のお蔭だと言った。そこまでは、よくある話と上の空で聞いていた。

でも、その人が言った事は普通の内助の功とは違った。

その人は、今でこそ、成功して安定しているけれど、ここに至るまでは、何度も事業に失敗し、夜逃げ同然の生活に落ちた事がある。奥さんも内職に明け暮れた。そして、また、事業が急にうまく行って、昨日まで狭い借家暮らしをしていたのに、急に豪邸に引っ越しして、お手伝いさん数人を雇う生活、そしてそこからまた内職暮らしに逆戻りという、実にドラマチックな波乱万丈の半生だったのだそう。

その奥さんの話を聞いて、私は素直に偉いっ!と思った。

どういう事かというと、その奥さんは、昨日までお手伝いさんを使って、奥様として暮らしていたその翌日に、一間の借家暮らしになっても、全く平静で、それまでずっと内職暮らしをしていたように、淡々と内職をしている。逆の場合もしかり。昨日まで、そのお手伝いさん以下の苦しい生活をしていたのに、奥様になると、また淡々と、かつ堂々と、ずっとそうだったように奥様らしく采配を振るったそうだ。

事業の波の激しい人生で、奥さんがいつも、昨日までと激変する暮らしでも、全く意に介さず、淡々とそれが当り前で、ずっと続いていた暮らしのようにしていてくれる所が、ものすごく有難く、そのお蔭で落ち込む事もなく、頑張れたのだと言う。あれで一喜一憂されていたら、やって行けなかっただろうと。

女傑だなぁと思った。それだけ違う生活。ひと晩で悪くなれば、うらみ事の一つも言いたくなるだろう、嘆きたくもなるだろう。逆に良くなっても、昨日まで内職暮らしで、急に人を使うような暮らしは、卑屈になったり、おどおどしたり、あるいは逆に、弱みを見せまいと居丈高になりそうな気がする。こだわるという事の全く無い女性だったのだと思う。

いつも平常心で淡々としていたというその奥さん、私は妻の鑑だと思う。自分にはとても無理だけど、同性ながらあっぱれ、と思った女性である。ずっと昔に一度聞いただけの話なのに、強烈に記憶に残ってしまった一人の女性だ。
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# by bp2004 | 2005-05-26 13:04 | 待夢(time)すりっぷ

犬の方向感覚

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# by bp2004 | 2005-05-26 06:43 | 哀犬物語