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by bp2004

2 核家族考

私は核家族という言葉が新語として登場した世代である。かっこいい感じを覚えた。もう死語らしいけど、ナウいって感じだった。アメリカは皆そうなのだと聞いた。

こちらに来てみると、確かにメーンはそうだけど、そうとも限らない。それに核家族と言っても、ちょっと日本とは違うなと思った。日本の場合は核家族というと、その家族だけ、その単位だけの感じがする。他から切り離された独自の単位。

田舎の方に行けば、まだ核家族すら一般的でないのかもしれない。東京で生まれて育った人間の感覚で言っているのだけど、極端に言うと、日本の核家族というのは、自分達の殻を作ってこもっている単位のような感じがする。私だけの感じかも知れないけど。

こちらに来て感じるのは、核家族というのは、あくまで核である。それを中心として、広がりを持つ。核はむき出しで孤立した存在ではない。核を中心として親戚があり、友人があり、コミュニティがある。そうしてそういう核を中心として集まる。公園でのバーベキュー・パーティ、家庭でのパーティと頻繁に交流がある。

日本よりはるかに大きい国で、ちょっと会うのも飛行機、あるいは車で途中何泊もしてというような事も珍しくない。勿論、近場にたくさん親戚が居るというのも珍しくないけど、一般論で言えば会おうと思うと、日本より遥かに大変な感じがする。

それでも、日本の親戚より、はるかに頻繁に集まっている感じを受ける。親戚、友人を含めたパーティも頻繁にある。そして、すごく集まりにくく散らばっている遠い親戚にも呼びかけた2、3年おきのリユニオンもよく聞く。そういう時は親戚だけで軽く4、50人集まる。100人近いのもある。場所は皆と相談の上、皆に取って一番集まりやすい観光地でのホテル、モーテル、キャンプ場と色々だ。

会える頻度によって1泊から、滅多に全員集まれないと1週間位という大々的なのもあり、色々あるけど、何世代もが集まって、色々な遊びをしたり、一緒に観光したり、食事したり、ちょっとした同窓会の楽しさだ。それぞれの核家族が順番に当番で企画を決めているという。

アメリカの核家族は孤立した単位ではない。中心にして集まる為の核である。核になるという事はそういう事ではなかったろうか?中心の点だけなら、核ではない。ただの点家族だ。日本に核家族という概念が導入された時、何か大事なものを忘れて導入してしまったのではないか、という気がしてならない。
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by bp2004 | 2005-05-30 04:45 | In my opinion